緑響く

昔住んでいたイギリスの家の壁に、母が無造作に貼っていたポストカードが、東山魁夷の「緑響く」という有名な作品であることを知るのは30年も経ってからのこと。

本物が観たくて長野まで行くことになる。人は30年経つと、うろ覚えの絵が誰の作品かどこに飾ってあるのか調べて、そこに行くまでの新幹線のチケットを取ることができる。

白い洗練された建物の2階奥、その絵は確かにあった。そうかこの世に存在したのか。イギリスで何気なく見ていた小さなポストカードが、何倍かの大きさになって圧倒的な存在感で絵画として飾られている。立つべくして目の前に立ったような妙な感覚。

旅行中はよく晴れて、初夏の長野は美しかった。山々が、様々な緑が、陰陽が、この土地の魅力を唯一無二のものにしている。東山魁夷の作品にはそれらが閉じ込められていて、私が一生足を伸ばせない森の奥の湖にまで連れて行ってくれた。

誰もいない。空気が澄んでいる。少し肌寒い。とにかくどこまでも奥深い青と緑の世界。ふと足元を見る。何かが湖面に映っている。

白馬は横切るだろうか。