出口しかない部屋

 私には娘が二人いる。一人は健康優良児で、もう一人は、残念ながらそうじゃない。出生の時に週刊少年ジャンプくらいの体重しかなく、あまりにも平均とかけ離れていて、戸惑った。

 結局、出産から半年後、退院日は急に決まった。長い入院生活だった。週2回は造血剤の注射のために通院すること、週1回の採血の結果が悪ければ輸血処置等のために即入院も有り得ること、先天性貧血は長い長い目で治療方法を探る必要があること。能面のような無表情で担当女医が淡々と説明した。不思議だが、この無表情に救われることもある。

 「それでも、家に一回帰ってみますか?」
 「はい。家に連れて帰ります。」

 声に出した途端、噛みごたえのあるフランスパンにグッと歯が入った時のような、ずっと触りたかった洋服の生地にようやく手が触れた時のような、強い実感が湧いた。

 そうだ、私はやっと誕生してくれた娘を一刻も早く家に連れて帰って、思いっきり抱きしめたり、顔を好きなだけ眺めたり、たくさん声をかけたり、音楽を聴かせたり、肌の匂いを嗅いだり、その都度の反応をじっくり見たりしながら一緒に暮らしたい。
 新生児室は真っ白で清潔で完全管理されていて、無機質な機械音が絶え間なく鳴り、娘にとっては安全であることに違いないけれど、もっと自由で明るい家族の秩序の中に身を置くことで、娘にとって何か良い影響が必ずあるはず。

 「新生児室ってね、一度出たら戻れないの。一度出たら、もう無菌じゃないものね」

 ベテランの看護師さんが教えてくれた。卒業したらこの部屋には二度と入れない。この世で一番安全な場所。自分から選択して出ていく勇気。